IE9ピン留め
< 前のページ次のページ >
近況を報告いたします
皆様には大変ご心配をおかけしています。


昨年11月7日から、「自律神経失調症」で療養休暇をいただき、

約2カ月、

家族とも話し合った結果、

また職場の方には大変ご迷惑をおかけするとは思ったのですが、

昨年末で退職いたしました。


詳しいことは省かせていただきますが、

近い将来、家族の世話を、他ならぬわたしが担わなければならないという状況となっており、

最初は、この3月末に退職することでまず職場の上司の方と話をすすめていたのですが、

このような状態にいたって、

わたし自身が、心身の健康を完全に取り戻す必要があるという判断からでした。


「めまい」が始まったのは、たしか3年前の夏だったと思います。

ひょこむでの、わたしのもう一つのブログにも、記しております。

それが、断続的に続いてきたわけです。


現在も続いております。

「めまい」というのは、正確にいうと、実態と少しちがっており、

「浮動感」ないし、

最近では、(わたしは、そういう経験はないのですが)おそらく頭部を強く殴られたあとに起こるだろう、

「痺れたような感覚」が続いています。

睡眠のよくとれた朝は、ほとんど感じないのですが、

調子がよいからと、少し油断をして頭やカラダを使うと、

そういった感覚がどっとやってきて後悔する、

その繰り返しです。


昨秋、MRI検査を受けたのですが、器質的な問題は特にないとのことでした。

その総合病院の専門医の言われるには、

「わたしの服用してきた向精神薬を長く飲み続けると、

そのような副作用が出ることがある」ということでした。


このブログでも何回か書いております、

神戸・三宮の精神科に通い出したのが、昭和62年の11月からですので、

もう25年を越えます。

そちらの先生の見立てでは、「副作用ではない」ということなのですが。


このように、「めまい」が主症状で、体の方は元気です。

家で何もせずにじっとしていたら、

年齢もあり、筋力や瞬発力などが衰える一方と思いまして、

パソコンに取り込んだラジオ体操のBGMをバックにカラダを動かしたり、

ダンベル(2キロ)を持ちあげたりしております。


また、退職により、連れ合いの扶養家族になりましたので、

カラダの許す範囲で、台所のことや、風呂やリビングの掃除などの家事を担当しています。


生活に密着した知識が身に付くような職場を経験してきましたので、

多くはそれほど苦にはなりませんが、

これまで、自分は、これまでこれだけのことを連れ合いに押しつけてきたのだなあと

反省ひとしきりの毎日です。


高齢者夫婦で、奥さんに先立たれた男性がすっかり元気を失い…

ということをよく耳にしますが、

あってはならないこととは充分わかりつつも、

それももっともなことかなと思ったりしています。

歴史的・社会的につくられてきた「性別役割分担」神話の被害者といえるかもしれません。

最近は、高齢の男性の方でも、以前に比べて進んで台所に立たれるようになっているようですが。



昨年の春ぐらいから、体調があまりよくないときほど、

職場で話すときに「語気強く」話すことを心がけてきました。


少し前まで、こういう話し方はしていなかったという自覚は充分ありつつでしたが、

カラダがふらつく自分を、叱咤するつもりでした。


「これぐらいのことで自分に負けたくはなかった」のです。

そして、いまでもそのクセが抜けていないかもしれません。


電話でお話する時に、わたしのことを「元気じゃないか」と思われる方もあるかもしれませんが、

背景には、そういう事情があります。

いよいよカラダが弱ってしまえば、そんな声は出ないのでしょうが。


追記

今朝(1月25日)起きて読み返してみたら、

この項のあちこちが、かなりの乱文であると思いました。

あえて訂正はいたしません。

失礼いたしました。





# by kwakky2 | 2012-01-24 20:51 | Trackback | Comments(0)
日本の音楽家・林光さんがお亡くなりになりました
日本の音楽家・林光さんがお亡くなりになりました。

お歳は80歳、病名は多臓器不全です。


林さんは、幕末長州藩の志士の群像を中心に描いた大河ドラマ『花神』の音楽を担当された方です。

そのテーマ曲が、実に、よかったのです。


進み行く海原に波が次第に湧き立ち、しかし、ついには希望の曙光が行く手の雲間から射してくる

といった感じなのですが、

よくありがちなオーバーな劇的盛り上げでなく、

抑制され、知的で、ある種の軽快ささえ醸し出しているような曲調で、本当に印象的でした。

大河ドラマのテーマ曲の中でも、屈指の曲だとわたしには思われます。


実は、『花神』の音楽だけでなく、

林さんは、武満徹さんと並んで、わたしにとっては忘れられない音楽家です。


20歳を過ぎたころ、林さんの書かれた音楽エッセイ『エンビ服とヒッピー風』や『林光・音楽の本』と出会い、

繰り返して読みました。

その本に書かれていた、武満さんや、クセナキスやノーノ、ベリオなどの世界の現代音楽家、

高橋悠治さんやツトム・ヤマシタさん、ホリガーなどの演奏家、

ピエール・ブーレーズなどの指揮者=作曲家、

さらにはジョン・ケージなどのモダン・アーティスト、

のことを知りました。


それらの音楽エッセイは、とても、平明なことばで、わかりやすく、軽快に、

お茶目なユーモアも滲んだ魅力的な文章で書かれ、

その当時の音楽を中心にした「モダン・アート」の世界へとわたしを導いていただきました。


また、林さんの書かれた合唱組曲『原爆小景』~水ヲ下サイ~のレコードは、何度も聴きこみました。

原子爆弾投下直後の広島市街の地獄図を混声合唱で再現した曲です。

この曲に耳傾けるのは、ある種の覚悟のようなものが必要で、

軽い気持ちでお薦めできるものではありませんが、

昨年の3月の原発の事故により、

もっとこの曲に対して別の角度から光が当てられるべきものと思われます。


ほんとうは、もう少し書きたいこともあるのですが、

パソコンに向かっていると疲れとめまいがひどくなりますので、今日はこれぐらいにしておきます。

林さんの訃報でしたので、絶対に何か書いておかねばと、パソコンに電源を入れました。


林さん、本当にどうも、ありがとうございました。

安らかにお眠りください。


# by kwakky2 | 2012-01-07 15:09 | Trackback | Comments(0)
皆様(新年のあいさつに代えて)

昨年11月、12月とブログを休ませていただきました。
 
ご心配をおかけしました皆様には、まことに申し訳ございませんでした。


この間、何人かの方かたからお電話いただきました。

そのご厚情に対しまして、深く深く感謝いたしております。

ほんとうにありがとうございます。


皆様方にとって、今年が、笑顔と元気いっぱいの1年となりますよう、お祈りしております。



更新は、当分の間、不定期とさせていただきます。


(なお、まことに申し訳ございませんが、

コメントをいただいても、事情により、いましばらくは、掲載はできかねます。

また、お寄せいただいたコメントに対して、いわゆる「コメント返し」もできませんことをご容赦ねがいます)


# by kwakky2 | 2012-01-01 00:09 | Trackback | Comments(0)
映画『英国王のスピーチ』をDVDで視ました
今年の春、アカデミー賞を受賞した作品ですので、

どんな映画か、ご存じの方も多いと思われます。



第2次世界大戦前夜のイギリス。

本来なら王位を継承する可能性の少ない弟王に王位が巡ってきますが、

彼は吃音で、市民の前で尊敬されうるようなスピーチができません。

その彼が、吃音を克服して、

王として敬愛されるようなスピーチができるようになるプロセスを描いた「成長物語」です。


わたしとしては、ことばと社会的身分・立場との密接な関わりを再認識させられました。

ある社会的身分・立場になろうとすれば、

それに相応しい(と社会通念上考えられている)ことばを習得する必要があるということです。


最近、映画を見るとき、一番注意していることがあります。

映画が語ろうとしていることに対して、

撮影、編集、美術、照明、色彩設計などがどのようにして画面をつくり込み、

奉仕しようとしているのかを読みとるということです。


なかなか、この作業は、極度の精神力の集中が必要なので、

肝心の映画そのものの中に呑みこまれていくことからは遠ざけられてしまいます。

2度目の視聴に行うべきものでしょう。

本作についていえば、主人公の王と、彼の吃音を矯正する言語聴覚士との対話シーンが記憶に残りました。

王のバストショットと、言語聴覚士とのバストショットが交互に映し出されるのですが、

そのバストショットそのものの構図が異様に不安定。

普通なら、凡庸に流れてしまいがちなシーンに、異様とまで言えるような緊張感を醸し出していました。


この主演を演じたコリン・ファース、いまが絶頂期だといえるでしょう。



同時期に封切られた主演作『シングルマン』も、

人生の盛りを過ぎたひとびとに訪れる、ある種の感覚を痛切に描き切った作品です。

「大人な映画」を視たいという方に、絶対おススメです。


# by kwakky2 | 2011-10-31 21:19 | Trackback | Comments(0)
秋の終わり、『空の雲とお天気のしくみ』を子どもさんたちと学びます
 わたしを含む4人のシニアのメンバーからなる『みっきぃ★エぇコ★クラブ』の、

この秋の環境学習会は、『空の雲とお天気のしくみ』です。



昨日、三木在住の気象予報士 山本さんといっしょに打ち合わせを行いました。



最初のアイディアでは、

どこか空の広いところへ行って、実際の雲を見ながらということでしたが、

何ぶんにも、その日の天気頼みの企画で、リスクが大きすぎます。


屋内で学習を行い、もし晴れていたら窓の外の雲を見て知識の確認を行おう、

ということになりました。



これは、山本さん自作の台風の立体模型です。



こちらは、雲発生のしくみを学ぶためのものです。

ポンプのように空気の出し入れを何回か繰り返すと、ペットボトルの中に「雲」が生まれます。



三木にも、アメダスが設置してあります。


こんなふうな、雲やお天気についてのトリビアも交えながら、楽しく学べるよう工夫します。


対象は、小学生4年以上。

11月26日(土)、市民活動センターにて行います。



# by kwakky2 | 2011-10-30 13:07 | Trackback | Comments(0)
今日は、職場での集団健康診査でした
同じ職場の人がほとんど受診し終えた後、

人影もまばらな、でも、ついさっきまでの人肌のぬくもりがなんとなく漂っている健診会場でした。


体重を量る時、しまったと思いました。


今日は肌寒かったため、少し厚着をしていましたし、

いつもは持つことのない財布に小銭が沢山入っていて、

これが体重に上乗せされて記録に残るため、

この何か月か努力してきた減量が、データ上は全くないことになってしまいました。

今のわたしの体重は、64kgと63kgの半ばを行き来するような感じで推移していますが、

なんと今日の測定では、66kg台だったのです。


おまけに、ここだけの話、誂えたばかりのクルマのスペア・キーや、

自宅のキーまで、制服のズボンのポケットに入っていたわけでして・・・


視力は、裸眼で、右が1.0、左が1.2と、

わたしの年齢では、珍しくよく見える部類になるのかもしれません。

千里眼とはいかないまでも、百里眼ぐらいに例えられてもいいかも。

しかも、「左」は、去年のデータでは、0.9でしたので、視力は若返っています。



採血では、生まれて初めて、腕の中に針が入り採血容器の中に血がはいってゆくさまを、

じっくりと見つづけることができました。

これまでの採血では、いつも怖くて目をそらしていたのです。

これも、「成長」のひとつなのでしょうか。



診察は、笑顔がとても愛くるしい、女性のお医者さんでした。

最近、また、ふわふわとして真っすぐ歩けないことが多く、

後頭部が、革製のヘッドギアかなんかで締めあげられているような感覚が続きがちなので、

そのことをお伝えすると、

軽い「脳梗塞」の可能性も疑われるので(怖)、

できるだけ早期のうちに、医者に診てもらうように言われました。


やはり、紛れもなく、老いが忍び寄っているのですね。


「胃がん検診」も、「大腸がん検診」もパスしました。

内視鏡による検査を、一度受けてしまうと、

こういった検査が、とても、・・・うまくいえないのですが、「軽く」しか受け止められないのです。


さて、どんな結果が出るのか、楽しみ半分、不安半分です。





# by kwakky2 | 2011-10-27 23:51 | Trackback | Comments(2)
次はどんな本にであえるのかなあ・・・『朝読書会 in miki 』
『朝読書会 in miki 』 の第2回目が、早いもので、11月13日(日)と迫ってきました。

来月の半ばですから、まだまだ時間があるようですが、さにあらず、です。

というのも、この会当日までに、きっちりと自分の選んだ本を読んでおかなければならないからです。



この会は、自分の好きな本、気になる本を、参加者1名につき約10分程度で紹介しあうもの。

朝10時すぎから開始しますので、「朝」という冠がつけられています。


日曜日の朝というと、精神的に最もリラックスした、しかも頭脳のクリアな時間帯でしょう。

そこで、何人かが集まり、本について語り合う。人と人とが、本をなかだちに結びあってゆく。

なかなか、こういう時間は体験できないと思います。


本のジャンルは問いません。

ビジネス書に限定した読書会が、けっこうあちこちで開かれているようですが、

こちらは本当にあきれるほどフリーです。



写真は、前回、持ち寄られた本たちです。


さて、わたしが今回選んだ本は、これ↓。



民俗学者・宮本常一さんが残した10万点の写真のうち、

高度成長時代の日本を写したものを、

日本を代表するノンフィクション作家のひとりである佐野眞一さんがセレクトし、解説を加えたものです。


わたしは、日本の高度成長の時代、子どもでしたので、

その時代の微かな匂いのようなものを記憶に留めているわけですが、

著者の佐野さんは、現代の日本が根底から変わったのは、この高度成長の時代だとされています。

それは、この本に満載されている写真を見れば、納得されるでしょう。


『朝読書会 in  miki 』は、「三木図書館ともの会」主催。

場所は、三木市立図書館です。

お気軽にご参加ください。


# by kwakky2 | 2011-10-26 20:44 | Trackback | Comments(0)
昨日は、『マイスター工房八千代感謝祭』へ行ってきました
多可町八千代区は、三木市から真っすぐ北へ、クルマで約1時間30分の位置にあります。



『マイスター工房八千代』は、地元の食材をつかった「巻きずし」や「さばずし」で有名。



遠方から買い求めにくるお客さんで、行列は絶えません。


この『マイスター工房・八千代』が農協の跡地で創業してから、今年で10周年です。

その『感謝祭』がこの日曜日にありましたので、見てきました。



ステージは「獅子舞」の最中でした。

若いときは見ていても全然面白さを感じなかったのですが、

年齢を加えてきて、こういう伝統芸能に対してなにかしら「味」を感じるようになりました。


午前中の舞台は、こういう感じのプログラムです。



会場内には、スナックからスウィーツまでさまざまな出店がありましたが、

もっとも「地域」を感じたのがこれです。



最も目を惹いたのは、チンドン屋さん。高砂の方から来られたようです。



会場に至る道は、コスモスが花盛りでした。




# by kwakky2 | 2011-10-25 02:14 | Trackback | Comments(0)
昨日は、三木市民病院で開催された「ふれあいフェスタ2011」に行ってきました


新聞記事によれば、病院の機能や役割を知ってもらうために昨年から開催されているということですが、

恥ずかしながら今年になって知ったところです。



市民病院といえば、みなさんの大きな関心事である、

三木市・小野市共同で建設される「北播磨総合医療センター」。



こんな立派な模型も展示されていました。



こちらは、病院の職員の方が、その建設計画を説明されているところです。



「病院内見学ツアー」という、興味深いコーナーもありました。



新聞によれば、手術室に入って見学、手術用具にも触れることができたようです。


こんなコーナーも。



そこでは、こんな微笑ましい光景が見られました。



その他、さまざまなコーナーがありました。






# by kwakky2 | 2011-10-23 20:52 | Trackback | Comments(3)
放送された、カダフィ大佐の死の場面 あなたはどう思われますか
今朝は、非常に不快なものを見せつけられてしまいました。


こともあろうにNHKの朝7時からのニュースで、

「カダフィ大佐の殺害にいたるシーン」と、「血塗られた同大佐の死に顔」です。

ご覧になられた方はどう感じ、思われたでしょうか。


おそらく、この映像をオンエアするに当たって、

局の内部でも、いろいろな議論がなされたとは思います。


今日、ネットで検索すれば必ずヒットする映像を、

おそらく、何百万から何千万に至るようなスケールで視聴されるような番組で、

とりあげる必要があったのかどうか。


その中には、体調の悪いひと、高齢の方、子どもなど、

このような映像に生理的に耐えられない、

もしくは、視聴時にショックをうけトラウマとなるような人たちも、多数、含まれていると思われます。

そこまで充分に考えたうえでの、オン・エアだったのでしょうか。


わたしは、カダフィ大佐の死が、

「アラブ世界の民主化」という大きなトレンドをさらに前進させる歴史的事件であることは認めるにせよ、

今朝の放送は、あきらかに行きすぎていたと思います。

映画に例えるなら、R指定モノの映像だったのではないでしょうか。


「死のエンタテインメント化」ということが指摘されてから、久しく時間が経っています。

そこから、戦争を感覚的に肯定したり、

自分も戦場へいって殺りくの現場に立ち会いたいと願うのは、

それほど距離的に離れていないのではないかと思われます。


ヨーロッパ中世の「魔女裁判」に端を発した、

のかどうかはわかりませんが、

権力闘争の敗残者などが公開処刑されてきた歴史は、

一時影をひそめていたように思われますが、

今日、テレビやネットの映像によって半ば復活を遂げてしまったようです。


今一度、かんがえ直してみる時期にきているのではないでしょうか。





# by kwakky2 | 2011-10-21 19:54 | Trackback | Comments(2)
< 前のページ 次のページ >